ムンクの谷の/ウメコバ沢

「ウメコバ沢に行きたいです」 とOさんが言った。水無川滝沢からの転進先を相談中のことだった。Oさんが行きたがる沢なら、一も二もなく行きたい私は即賛成。しかし足尾博士 Iさんの、 「ウメコバか、もう日が短いから結構気合い入れないと」 との言葉で不安…

逆流する滝/井戸小屋沢

台風がきていた。過去最大クラスで関東直撃、多くの電車が計画運休を発表していた。早く遡行を終えて帰らねばならないが、早朝の土樽駅で見た万太郎谷は、すっぽりと雲に覆われていた。谷川の他の山は綺麗に稜線が見えているのに、万太郎だけに重たい雲が乗…

高難度ソナタ/台湾 龍鳳瀑布

ピアノから紡ぎ出される音が室内に充満していた。あえぐように息をする私の口や鼻腔に入ってくる空気はすでに音に感電していて、体内には方向性を失った数秒過去の音が漂っていた。 音は強烈に私たちを翻弄するのに、その姿や色を目にできないのは本当に理不…

ヒグマの懐/日高の沢

高巻いていた土壁が足元から崩れた。身体が一瞬の無重力に晒されたあと、成す術なく滑り落ちた。5mほど下の沢に足から着地、咄嗟に右腕を挙げて頭を覆うと、落石が降り注ぎ、そのうちの一つがゴン!と大きな音を立てて腕に当たった。見事に盾になった腕には…

落とし前をつけろ/釜川ヤド沢

ーーーー 三ツ釜の登攀を終えて、広大な滝全景を見下ろす岩の上に並んで腰を下ろし、はあー、と安堵の息をついて飲み物を口にした。 「普通、あんなにタワシ使わないよ」 呆れながら、でも楽しそうに登攀を振り返るKさん。普通なら巻く滝をあえて苦労して登…

こんなグリーンな日/尾瀬大薙沢

高速バスで尾瀬大清水に着いたのは、午前4時前。同じくバスから降りた10名ほどが、すぐにヘッドランプの白くて真っ直ぐで強烈な灯りをつけた。ヘッドランプに行灯モードとか実装されたらいいのに。 同行のHさんはなぜかプープーと息を吹き込んでエアマット…

脱臼した件/小室川谷

8月末に北海道日高の泳ぎ沢へ行く計画があり、そのプレ山行として柴倉川西沢へ行く予定が、天気による転進の結果、小室川谷に1泊と予定が立った。前日の雨で多少増水していたが、現地を見たリーダーのYさんが、遡行できると判断して入渓。先輩の判断はさて…

海の日のヤマ熱/五頭の沢と杉滝岩

7月の3連休といえば、2018年も、2017年も、ドピーカンで熱中症になって、暑さと戦いながらも印象深い山行をしてきた、大切な3日間。それが今年はどうだ。雨に翻弄された3連休。当初2泊の予定で沢の計画を立てていたが、雨雲を避けて2度の転進。そのうえ…

コーラと沢靴/一ノ倉南稜

谷川岳 一ノ倉沢 烏帽子奥壁南稜 「ノー残置。マイギア!」 という副題で書きなさい、とリーダーからの指令があった。 大先輩のIさんとOさん、この二人のスリングやヌンチャクが纏うダークブラウン調カラーが、一ノ倉南稜で悠久の時を過ごしている諸残置物と…